撮影日誌 *diary*
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第一回 安曇川町老人クラブ エキストラ用のわらじを制作協力 (H16.09.17)
 9月17日(金)、安曇川町勤労者青少年ホームで、映画『近江聖人・中江藤樹』に出演するエキストラ用のわらじ&ぞうりづくりがありました。 

  映画では、中江藤樹と村人が協力し、みんなのための橋をかけるシーンがあります。そこに、出演する村人たち(安曇川町民のボランティア参加)約150人分のわらじです。映画「中江藤樹」制作実行委員会が町内の老人クラブ連合会に制作を依頼したところ、快く引き受けていただきました。                        

 集まっていただいた方々は、約30人。作業場にはすでに青いビニールシートが敷かれ、たくさんのわらが用意されていました。機械ではわらが細かく刈れてしまうので、手で刈り取っていだいたとういうことでした。今まで見たことない『馬』という木材を組み合わせた専用の器具が使われ、とても器用にどんどんわらじが出来上がっていきました。「小さい頃からわらじを作っていたので、とても懐かしい。」「手が作り方を覚えている」 「小学校の上履きはわらじを履いていた」などに、いろいろ興味深く楽しいお話をお伺いすることができました。

 私も取材をしている合間に、わらじの作り方を教えていただきました。見ている分には、何とか出来そうかなと思いましたが、実際に作ってみて難しさに驚かされました。最初のわらを「よる」のが、一番たいへんで、二つの束に分けたわらをよりをつけながら編むのがなかなか出来ませんでした。周りの人はやはり手馴れいるので、細かく、早く編んでいかれました。しかし、私も何度か挑戦していくうちに見た目こそいびつですが、なんとか「わらじ」の形を作り上げることが出来ました。 この、わらじを履いて撮影するのは10月の中旬〜下旬になる予定だそうです。その際には安曇川町内外の方々にはご協力をよろしくお願いいたします。

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第二回 先行ロケ開始!中江藤樹の命日に、大塩平八郎墓参り!(H16.09.25)
   中江藤樹の命日にあたる9月25日(土)に、安曇川町で映画「近江聖人・中江藤樹」の先行ロケが行われた。撮影された場所は町内在住の霜降利男さんが所有する下古賀の畑で、時代劇にぴったり、自然豊かなところ。
 
 場面は、大塩平八郎(中谷彰宏が百姓(芦屋小雁)に中江藤樹の墓所を尋ねるシーン。他の百姓集には霜降さんを始め、地元の方がボランティア出演。

 次に場所を町内の藤樹の墓所がある上小川の玉林寺に移動。

住宅が隣接していたので、近くの住人や通行人が立ち止まって興味深げに現場を見ていました。たくさんの人に興味を持っていただくのはうれしい限りです。街中で撮影を行うにあたり、周辺の方にご迷惑をおかけしますがスタッフ一同注意を払いますので撮影現場を暖かく見守ってください。

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第三回 愛媛県・大洲ロケ3日間行われる!!!  (H16.10.12-14)
(一日目・10月12日)
愛媛県大洲市で「近江聖人中江藤樹」の撮影が開始されました。
 大洲市は、当映画の主人公である中江藤樹が青年期を過ごした場所です。
 大洲市は、この9月に市制50周年を記念して大洲城天守閣が復元されました。大洲高等学校の敷地内には「至徳堂(しとくどう)」呼ばれる場所があり、藤樹の旧宅になぞられて作られた建物です。  初日は、爽やかな秋晴れに映える大洲城付近から始まりました。場面は、中江藤樹に若い藩士が学問の教えを受けるために弟子になることを願い出る――という内容でした。
 中盤からは元気な大洲高校生たちがエキストラ出演しました。槍指導にあたった俳優の福本清三さんの言葉に熱心に耳を傾けていました。その結果、見事な足軽侍に変身していました。
 夜間ロケでは煌々とかがり火が焚かれ、あたりは一気に物々しい雰囲気に包まれました。ここでは密偵の藩士が駆け込む場面で、一瞬空気は引き締まりました。             この日の夜、いも炊きで有名な肱川の河原で大洲市長出席のもと、東映ロケ隊の歓迎会が盛大に催されました。心温まるいも炊きと大洲市長の歓迎の挨拶を受けスタッフ、俳優一同大いに感激し盛り上がりました。
(二日目・10月13日)

大正時代の面影が色濃く残る、おはなはん通りから始まりました。

 「おはなはん通り」はNHK朝の連続ドラマ「おはなはん」のロケに使われた場所です。昔ながらの蔵などの建物が並び、石畳が敷かれた通りです。

 最初は、中江藤樹が下僕の七郎と共に大洲城から下城し、そこへ千鶴が登場する場面。藤樹と千鶴が手を取り合うシーンもあり、見つめ合うところは心が温まります。肱川(ひじかわ)では、川岸に茶店が建てられ白い子犬の「クロ」を追いかけるシーンを撮りました。「クロ」はまだ2ヶ月の子犬なので、俳優さん達と共演するのは大変でした。思うように走ってくれなかったり、逆に動きが活発すぎたり…。
 河原でのいも炊きの場面では、エキストラに桝田與一大洲市長に出演していただきました。

(三日目・10月14日)

大洲ロケ最終日。至徳堂(しとくどう)にて、撮影が行われました。

 ここでは、藤樹の病状を知った千鶴が急いで邸宅に向かうシーンや大野了左と藤樹が初めて出会うシーンなどの場面が撮られました。この至徳堂は、藤樹の人柄を偲ばれる造りとなっており、今回寝間に使用された部屋には孔子像が飾られていました。
 この日、大洲高校は試験期間中で閑散としていましたが、終了のチャイムと共に試験の終わった生徒達が、映画の撮影を見るため我先にと駆けだしてきました。あっという間に、至徳堂の周りには生徒達であふれかえっていました。俳優が休憩に入るたびに自分のノートやファイルにサインを求める生徒がたくさんいました。他に自分のTシャツに書いてもらう子もいました。

大洲ロケを終えて

 初めて訪れる中江藤樹先生ゆかりの地ではゆっくりと過ごすことなくあわただしい日程でしたが、大洲の風景はどことなく安曇川の雰囲気に似ていました。
藤樹先生も安曇川を思い、肱川の流れを見たことだろうと思いました。

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第四回 ついに始まる!安曇川町ロケいよいよ開始!!!  (H16.10.15)
  いよいよ待望の安曇川ロケが始まりました。
初日は国道に程近い高島町の山で、中江藤樹が大洲に行って以来、初めて里帰りする場面。眼下に広がる真っ青な琵琶湖を懐かしそうに見つめ、母が待つ小川村へ歩を進める姿は、この映画制作の第一歩のように思ました。
 この後、中江藤樹を祀っている安曇川町内の『藤樹神社』でこの映画撮影が無事終わり成功するように安全祈願が行われました。参道には、住民が駆けつけ思い思いに握手やサインを求めていました。
 祈願をした後、次に向かったのは藤樹書院の近くにある藤樹の妹・お葉の嫁ぎ先の撮影現場。町内上小川の邸宅の一部をお借りし、撮影が行われました。そのお宅は、とても立派で趣があり、縁側から見る庭の景色は風流でした。
 ここでは、帰ってきた藤樹を出迎えるお葉やその夫と挨拶するシーンが撮られました。
 場所を新旭町の上原酒造さんに移動しました。上原酒造さんは文久2年(1862年)創業で素材の旨味を出すことにこだわりを持っている老舗の醸造所。表の玄関もどことなく歴史を感じる造りになっています。土間に入り、中を見渡すと汲み上げられた清水がこんこんと湧き出た一角もありました。お酒の商いを始めようと訪れた中江藤樹とその造り酒屋の情景にとても合う雰囲気の処でした。

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第五回 大国主神社・エキストラ参加の撮影行われる! (H16.10.18)
  いよいよ待望の安曇川ロケが始まりました。
初日は国道に程近い高島町の山で、中江藤樹が大洲に行って以来、初めて里帰りする場面。眼下に広がる真っ青な琵琶湖を懐かしそうに見つめ、母が待つ小川村へ歩を進める姿は、この映画制作の第一歩のように思ました。
 この後、中江藤樹を祀っている安曇川町内の『藤樹神社』でこの映画撮影が無事終わり成功するように安全祈願が行われました。参道には、住民が駆けつけ思い思いに握手やサインを求めていました。
 祈願をした後、次に向かったのは藤樹書院の近くにある藤樹の妹・お葉の嫁ぎ先の撮影現場。町内上小川の邸宅の一部をお借りし、撮影が行われました。そのお宅は、とても立派で趣があり、縁側から見る庭の景色は風流でした。
 ここでは、帰ってきた藤樹を出迎えるお葉やその夫と挨拶するシーンが撮られました。
 場所を新旭町の上原酒造さんに移動しました。上原酒造さんは文久2年(1862年)創業で素材の旨味を出すことにこだわりを持っている老舗の醸造所。表の玄関もどことなく歴史を感じる造りになっています。土間に入り、中を見渡すと汲み上げられた清水がこんこんと湧き出た一角もありました。お酒の商いを始めようと訪れた中江藤樹とその造り酒屋の情景にとても合う雰囲気の処でした。

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第六回 藤樹神社内・「藤樹の家」で撮影 (H16.10.21)
 台風23号が過ぎ去った21日、パラパラと小雨が降る中、藤樹神社の敷地内にある「藤樹の家」にて撮影が行われました。
  初めに、神社に流れる小川を「藤樹の家」の前の小川に見立て、庄屋が鯉を放流するシーンから撮影されました。橋造りの後村人たちと藤樹の心が近づいて良くわかる場面でした。藤樹の家に、大溝藩の領主に呼ばれ籠が迎えに来たところでも続々と村人が集まり、とても心配そうにしている気持ちも伝わりました。そしてエキストラの方たちの熱のこもった演技を感じました。
次に、「藤樹の家」では、藤樹が成人してから初めて里帰りするシーンが取られました。井戸で水を汲んでいる妹・お葉が、帰ってきた藤樹に気づき家の中にいる母の市を呼び親子三人で再会を喜び合う場面でした。久しぶりに会う、親子の対面は言葉だけでなく顔の表情で心のうちが感じることが出来ました。大洲へ帰る日に、じっと藤の木を見上げるところは藤樹の人生の岐路に立つシーンに思えました。
 夜の撮影では、藤樹先生の私塾跡で史跡にも指定されている藤樹書院でロケが行われました。ここでは、藤樹が笛を吹いているところへ学問を学びに村人たちが集まるシーンが撮られました。学問を学びに…といっても実際には、村人たちが藤樹を慕って集まってくるようでした。笛を吹いて、村人たちも陽気に踊りだすところはとても和やかな雰囲気に包まれました。 「藤樹の家」は、住民の方に屋根用のわらを持ってきてもらったり、町内の工務店も協力していただき建てられました。この家のセットは、地元の住民の強い要望で見学のために来春まで残されるそうです。          →Photo6

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第七回 約90人参加!安曇川河川敷・呼吸のあった演技で橋を造る (H16.10.28)

 気持ちの良い秋晴れの10月28日、ボランティアエキストラ総勢約90人の参加のもと、安曇川河川敷で撮影が行われました。
 当初19日に橋のシーンの撮影でしたが、あいにく台風23号の影響による安曇川の増水により木製の橋が流されました。もう一度、橋が建設され今日の撮影となりました。
 集合時間になる前から続々とエキストラに出演される方が、健康の森梅の子運動公園に集まりました。先に来られた方から、順次村人の衣装に着替えカツラを付けました。扮装を終えた人達は、みんな笑顔で嬉しそうに記念写真を撮っていました。
 この日のために、安曇川町老人クラブ連合会のメンバーがエキストラ人数分のわらじとぞうりを作ってくださいました。ひとつずつ丁寧に編まれ、心がこもっていました。わらじぞうりを履いた参加者は「昔、小学校へ行くのにわらじぞうりを履いていました。今の舗装された道と違って、砂利の道だったので二日も履くとすぐにボロボロになりました。その度、父がわらじぞうりを作ってくれたのを思い出しました。」と、懐かしそうでした。

 11時頃になり、特別出演の小学生が到着しました。中江藤樹先生の生家近くの、青柳小学校6年生、男女合わせて10名です。早めに給食を済ませて駆けつけてくれました。今回出演にあたってクラスで希望者を募ったところ、半数以上が応募したため抽選により、10人が選ばれました。男の子に意気込みを聞くと「こんな体験初めて、すごく楽しい。精一杯頑張ります。」と話してくれました。移動の車の中でも、緊張した様子はなく、リラックスした様子でした。
 
 安曇川河川敷のロケ現場には、木で作られた橋が架かっていました。その橋を見たエキストラの方は、「緊張するが、それ以上にワクワクする」と期待に胸を躍らせていました。
 正午になり撮影が開始されました。橋の両端に村人達が分かれ、又左衛門が中央で最後の板を打ち付け完成、喜び合う場面でした。そのすぐ後に、子ども達が橋に飛び出して渡るシーンがあり、監督はひとりひとりにどう動くかをわかりやすく教えていました。村人が喜ぶシーンで、「拍手とは違う、違う喜び方をして」という指示があり最初は戸惑っていたエキストラでしたが、自分はどうするか考え、体全体を使って隣同士で抱き合ったり、万歳をして飛び上がるなど喜びを表現していました。
 橋の完成シーンが終わり、今度は逆に橋を「作る」場面を撮影しました。スタッフが一斉に橋を解体し、あっという間にほとんど骨組みだけになりました。ここでは、村人が
地面をならしたり、木材を運んだり、杭を打つところが撮られました。このまま作業を続ければ本当に、もう一度橋が完成するようない勢いでした。
 作業中や休憩のざわめきの音のみを録るときも、各自が思い思いに声を出しその場に合った雰囲気を出すことができました。

 出演した方は、「町民運動会でチラシが配られ、興味を持った。後日、有線放送でも聞き是非自分が出なければと、強く思った。」「父が、エキストラ募集を見つけ私たち兄妹に応募してはどうかと薦められ、2人揃って申し込みました。」「安曇川町で映画を撮るなんて、今まで無かった。今回出られて本当に嬉しいです。一生に一度の最高の思い出になりました。」「長時間立っているのは、正直しんどいけどその分自分がこの場に居て参加できるのがとても幸せです。」と皆さん笑顔で語ってくれました。中でも長浜市から来られた一般応募最年少の近藤陽子さんは「以前から、映画に興味を持っていて山東町の演劇サークルに入っています。滋賀県ではなかなかこういった機会が無く、大阪や京都などでないとチャンスに恵まれませんでした。いつも、そういった情報にアンテナを張って新聞等を見ていたら今回の募集を偶然にも発見してすぐに申し込みました。出演できて大変うれしいです。この経験を将来に活かしたいです」と話してくれました。

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